道内を彩った優等列車たち かむい しれとこ えりも ノサップ
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711系で運用されていた急行かむいです。当時は「ライラック」の補完的な役割は711系で、滝川から富良野方面への編成はDCでの運転でした。その後電車かむいはライラックへの格上げ、根室本線への乗り入れは「そらち」と名前を変えて運転していましたが、その後廃止されてしまいました。(そういえば下り急行そらちって滝川−釧路間を普通列車で走っていたような気がしたなあ・・・。) スキャナーで取り込んだら方向幕の字がつぶれたけど、見えるよね。笑 |
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たしか、このころは711系の塗装変更の頃でした。旧塗装と新塗装車が入り交じっていたと思いましたが、この急行かむいは6両編成で全部この新塗装車でした。おそらく「かむい」運用には後期車(方向幕つき)のものが優先的に使われていたのでしょうか。普通列車には「くるくる電車ポプラ」のヘッドマークがついていました。 |
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私ごとなんですが、北海道に住んでいた頃、私の叔父が歌志内市に住んでいて、そこにかもい岳という温泉とスキーができる山があるんですが、この列車の愛称はそのかもい岳からついたものと小さい頃思っていました。 |
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網走−釧路間の釧網本線を走っていた急行列車が「しれとこ」です。釧路−標茶間は標津線直通列車も併結していました。何度か乗った覚えがあって、途中でふるぼけた客車列車と交換したのを見た記憶がありますが、車内ではたいてい寝ていたよう気がします。(笑) 当時の私には観光地が数々控えながらも亜幹線にありがちなぱっとしないローカル線のイメージをこの釧網本線に持っていたような記憶があります。 |
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日高本線の様似から乗った急行「えりも」です。札幌から夜行の「まりも」で車中泊して翌朝、音別から普通列車で帯広に戻って広尾線をほとんど寝ながら完走後、国鉄バスに乗り継いでえりも岬を観光せずにこの列車に乗ったという乗りつぶし極道時代のころでした。 海側に席をキープして居眠りせずに太平洋を眺めていました。 (このころは競馬やっていなかった純情時代でもありました 笑) その後この急行が廃止になってしまい、日高本線にはその後一度も乗りに行っていません。150キロの距離を普通列車で乗り通すのが苦痛に思えてならないからです。その後バイクで日高本線に並行する国道を走りました。キャンプ場もいっぱいあるし、温泉もあるのでまた訪れたいです。すれ違った列車も結構空いているように見えたので、列車にも乗ってみたいとも思いました。 |
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キハ54単行の急行「ノサップ」です。 キハ54のノサップは乗ったことがありませんが、2回ほど「ノサップ」には乗ったことがあります。「まりも」→「ノサップ」の黄金(?)の乗り継ぎと、もう一回は根室観光の折り返しに乗った時に当時改造されたばかりのキハ53の単行急行として脚光を浴びた頃に乗りました。根室本線の池田−根室間の変化に富んだ太平洋側の眺めが私は北海道でも好きな区間の一つです。 |
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国鉄メイクの183系おおぞらです。 私の手元には意外に183系の写真がありません。乗ったことは数え切れないほど乗ったんですけどねえ。 先頭のキハ183はいかつい格好から私は「装甲車」って呼んでいました。周遊券で特急の禁煙自由席を狙う時は座席数が少ないので始発でも早めに待ったような記憶があります。先頭の眺望がきく500番台が投入されても1時間前から待ったような気がします。 |
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夜行普通列車46レ廃止後、札幌−函館間の夜行列車で多客期でもわずかな日にちしか走っていなかったのが「すずらん」でした。私が乗った時は連絡船廃止の年の2月の雪祭り対策での運転でした。この時の昼間も臨時急行「すずらん」がはしっていましたが、そちらはDCでした。(と言っても現物はみていなかったが・・) その後7月から快速列車「ミッドナイト」が運転開始となり、この臨時急行「すずらん」はこのシーズンが最後になりました。ちなみにB寝台に乗ったのですが、3段寝台の圧迫感を思い切り味わいました。(笑) |
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