白糠線
写真をクリックしても写真が大きくなりませんので、あしからずご了承ください(笑)
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私が白糠線を訪れたのは廃止の年の7月下旬の夏休みである。その日の前夜の釧路行き夜行「まりも3号」の自由席で知り合ったかわいい女の子と一緒にローカル線巡りをした貴重(?)な一日でした。 その日は釧路−根室−厚床−中標津−根室標津−釧路と列車を乗り歩いた夕方にこの白糠線に来たのである。その日はおしゃべりと居眠りで車窓そっちのけだったので、白糠線もそんな記憶の1線になるものと思っていた。 白糠線の車内でもおしゃべりしながら車窓を眺め、定刻に北進に到着した。 すると閑散なはずのホームに人がいっぱいいたのである。 地元のおじさんが私をつかまえて、「記念写真を撮って送ってくれ」というのである。 そして「わしら、廃止反対でこれから座り込みをするのだ」と言う。 折り返しの時間に写真を数枚撮ってあっけなく折り返しの時間になってしまった。 おじさんの住所と名前を書いた紙をぼーっと眺めていると「普段は列車なんか乗らないのに、なくなるとなると寂しい。列車ってある意味ではステータスなものなのかもね」という事を彼女が言ったようだ。 彼女と釧路で別れたあと、「まりも4号」で札幌へ向かう予定が寝付けず帯広で下車。帯広駅で駅ネを敢行するも追い出され、駅前のライダーハウスで寝床がとれずにあぶれた旅人4.5人と他愛のない旅談義で夜を明かしたのだ。その後無性に人恋しい日が数日続いたものである。 その後、写真を送るとおじさんからお礼の手紙とスタンプを押した紙がたくさん入っていた。「町営バスターミナルもできていよいよ転換の日を待つだけです」と書かれていた。その後3年ほど年賀状のやりとりがあったが、その後途絶えてしまった。白糠線の跡をたどる旅も実現していない。 彼女からも8月の終わりに手紙が来て「また一緒に乗りに行きましょう」と書かれていた。彼女とはその後何回か会っているが、今では結婚し2児の母親となっている。 この2人を思い出すと夕暮れの白糠線北進駅を鮮烈に思い出すのである。 |
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おじさんからもらった北進駅のスタンプ。出所はわからないけど、白糠町で作ったのでは?? |
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