昭和60年 九州乗りつぶしの旅

初めて私が九州に行ったのは昭和57(1982)年の夏休みで、長崎へ行こうと思ったのがはじまりでした。当時発売をはじめた「青春18のびのびきっぷ」を買って4泊5日のオール車中泊で九州へ行きました。結局当初の目的であった長崎へは行かず、九州で空いた1日を乗りつぶしに使ったものでした。
そして、約3年後残った九州の国鉄線にのるべく10日間に渡る九州乗りつぶしにでかけたのでした。その頃日程・実行に至るまで書いたノートが見つかりましたので、この旅を紹介したいと思います。
当時は「国鉄再建法」により、利用の少ないローカル線の存廃が話題から実現のものに変わろうとしていた過渡期の頃で、沿線自治体と話し合いが決着した線がかなりありました。下図に廃止対象線区を並べてみました。
| 第1次廃止対象線区 | 第2次廃止対象線区 |
| 香月・室木・勝田・甘木・矢部 高森・宮原・妻・添田 |
漆生・上山田・松浦・佐賀・志布志 宮之城・山野・大隅・高千穂 |
(太字で赤字になっている線区は乗車前に既にバス転換、緑字は後にバス転換してしまった路線です)
後に第3次廃止対象線区として、伊田・糸田・田川・宮田・湯前の各線が対象となりますが、当時は第1次・第2次の路線の廃止が進んでいたので、日程作成もそうした背景を反映したものと思われます。
先に作った鉄道写真集では、この旅で撮ったものがほとんどで、このノートが見つかる前に作成したものがほとんどなので、記憶違いがかなり存在しますが、面倒なのであえて修正はしません。(笑)
ちなみに昭和57年に乗った路線は次のとおりです。
佐世保線・松浦線・日田彦山線(城野−添田)、伊田線、糸田線、添田線、上山田線(下山田−豊前川崎)、後藤寺線、漆生線、筑豊本線(新飯塚−原田)、鹿児島本線(門司港−鳥栖)、長崎本線(鳥栖−肥前山口)です。